2019年4月30日 (火)

両陛下特別展 @ 日本橋高島屋

 

2019年4月某日

会社帰りに

日本橋高島屋で開催中だった天皇皇后の

御即位30年御成婚60年記念特別展

国民とともに歩まれた平成の30年

という展覧会を観てきた。

   

   

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おふたりの歩みを回顧する沢山の写真と

過去に都道府県から献上された品物が

ひとつひとつ大切に展示されていた。

 

激戦地や被災地を巡り

その都度おふたりでこうべをたれているお姿の写真がならぶ

一画には

それぞれの人々の悲しみと苦しみと

その人たちに想いを寄せるお二人の気持ちが

満ちていて

涙をこらえられず

周りの人に気がつかれないようにするのが大変だった。

 

31年前か、行ったんだよな、美智子さまが見たくて。

 

  

 

天皇皇后両陛下おふたりが

明日からの一日一日を

お健やかにお過ごしになられますように。

平成31年4月30日

 

 

 

 

 

 

 

 

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2016年8月 6日 (土)

原爆投下を悔やんだ米兵。

2016 8 6

 

広島原爆投下から71年。

一年前KinKiがNHKの特番で司会をした。

去年は70年の節目だったからか

今年はそういった音楽番組はないみたい。

ふたりは1年前のこと、思い出したかな。

 

戦争に関する生々しい話は聞いたり見たりすると

気持ちが苦しくなってしまうので

あまりふれないようにしているのだけど

(ほんとはそれではいけないのだけど)、

今日は気になった記事をネットで読んだ。

そしてそれにつられるように

原爆被災者のテレビ番組も見た。

 

ネットの記事は

広島原爆投下時に

ゴ― アヘッド の命令を下し

その後それを悩み悔やんだ米兵

クロード・イーザリーの話。

 

彼は帰国後、

原爆で亡くなった人たちの幻影におびえ

精神錯乱者とみなされ、

精神病院に入院させられる。

 

苦悩する彼がおかしいのか

命令に従っただけと居直ることがおかしいのか。

 

とその記事には副題がついていた。

私はどちらもおかしくないと思う。

苦悩するのは人間として当たり前、

でも居直らないと生きていけない人間も

いるのだと思う。

ただ居直った人間の心の奥底に

良心の呵責が一切ないのであれば

それは人間ではないと思う。

 

原爆投下に関わった米兵は

アメリカじゅうから英雄として扱われ

それを受け入れている兵士しか

今まで知らなかったので

イーザリーのような米兵がいたことに

少し驚き

少し救われた気がした。

 

 

原爆の犠牲者が

今は安らかでありますように。

 

核兵器が使われることが

二度とあってはならない、

そのことだけは世界中の人間が

未来永劫

ぶれずに持ち続けなければいけない思い。

 

 

 広島への原爆投下を悔やんだ米兵

https://www.buzzfeed.com/satoruishido/hiroshima-eatherly-anders?utm_term=.bqDwoZmL8a#.lqwRm2170o

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2013年11月18日 (月)

ナポレオンが恋した女性たち

2013 11 16

世界史にはまるで興味がないのだけれど、

偶然みた「世界ふしぎ発見」から

ナポレオンの初恋の人にちょっと興味をもち、

翌日の午前中、ネットで調べだしたら止まらなくなり

ナポレオンの恋人たちについて

結構勉強してしまった。

ネットってほんと便利だー。

 

 

 

ナポレオン・ボナパルト

 

1792 マルセイユに移住したときに親交を深めたクラリー家の

     デジレ16歳  と24歳で婚約。

 

各地で活躍後、軍の辞令を受けるためにパリへ。

 

デジレのいる南フランス軍の司令官になりたかったのに

別の辞令だったので拒否 → 減俸

 

兄への手紙に

「このままデジレと結婚できないなら戦地に死ににいく」

と書いた。

 

通っていた現在パリ最古のカフェ「ル・プロコップ」に

ナポレオンが代金の代わりに置いていった帽子が

今も飾ってある。

 

1795 10月クーデター 鎮圧指揮官に。

     制圧→最高司令官。

 

     社交界で魅力的な6歳上未亡人

     2人子持ちのジョゼフィーヌ32歳と知り合う。

 

1796 デジレとの婚約を反故(ほご)して

     知り合って5か月後の3月ジョセフィーヌと結婚!!

     ジョセフィーヌはナポレオンからの熱意で結婚したので

     浮気三昧。

     結婚直後からの愛人イッポリト。

     彼はジョゼフィーヌの評判と権力、

     男性経験豊富な彼女に引き付けられたらしい。

 

          ナポレオンもそうだったのか。

          ジョセフィーヌ、魔性の女、って感じ?

          ものすごく魅力的だったんだろうけど

          個人的にそういう人は好きじゃない。

 

     デジレ18歳がナポレオンに送った手紙

     「私は一生結婚しない。

     その人があなたを幸せにしてくれますように。」

 

          健気。デジレ可哀想。

 

     ナポレオン イタリア遠征  2年間連戦連勝。

     全権力を握る野望をもち独裁者画策。

 

1798 デジレ、ベルナドットとの結婚を決める。

 

          何だ、デジレ 全然健気じゃないじゃん。

 

     相手はナポレオンのライバルで彼の6歳上。

     「ベルナドットだけがナポレオンにノーと言える人だったから」

 

          なんだ、ナポレオンへの仕返しかぁ。強い人だ。

 

1798 ナポレオン、イッポリトとのことを知り激怒。

     離婚だー! と準備を進めるも

     ジョセフィーヌが慌ててイッポリトと別れて留まる。

 

1799 に生まれたデジレ一人息子「オスカー」。

     デジレがナポレオンに名付けてもらった。

 

          なにそれ、ベルナドットがかわいそう。

 

1804 ナポレオン、フランス史上初の皇帝に。

 

     Taikansiki

      ルーブル美術館にある、大好きな戴冠式の絵。

      絵の中にベルナドットはいるけど

      一緒に出席したとされるデジレは描かれていない。

 

1806 ナポレオン、ポーランド遠征時 ポーランド貴族との間に男の子

1806 ナポレオン、フランス人 エレオノール・ドニュエルとの間にも子供?

 

     スエーデンがフランスの庇護をうけるため

     ベルナドットを王太子として迎えたいという話が持ち上がる。

     ナポレオン、デジレに引け目もあり承諾。

 

1809 9月 マリア・ヴァレフスカから妊娠を告げられる。

     マリアは家の借金の肩代わりでヴァレフスキ伯爵(46歳年上)

     と泣く泣く結婚させられていた。

     信仰心が強くて貞淑なマリアはナポレオンから言い寄られても

     断り続けていたが国の為と夫の承諾もあり愛人に。

     そしてマリアはナポレオンが純粋に大好きになった。

 

1810 1月 跡継ができないという理由でジョゼフィーヌと離婚。

     ジョセフィーヌ、この頃にはナポレオンが大好きで超傷心。

     (連れ子はその後ナポレオンの弟と結婚。)

その年 4月 オーストリア皇女マリア・ルイーズと再婚。

 

1811 デジレ 皇太子妃としてスエーデンのストックホルムへ。

     ベルナドット→カールヨハンと改名

 

1812 ナポレオン ロシア遠征 寒さで初めて大敗

1812 マリア、ヴァレフスキ伯爵と離婚

 

1813 ロシアヨーロッパ諸国対フランス 諸国民の戦い   

        ナポレオン率いるフランス軍19万 

                 VS

     総指揮ベルナドットのヨーロッパ連合軍32万

                 ↓

            ベルナドットの勝利!

 

     ベルナドット、そのころデジレに

     「私のかわいいスパイ」 と冗談半分のあだ名をつける。

 

          ベルナドットせつない。

 

 

1814 ジョセフィーヌ 肺炎で50歳で急死

     最後の言葉は

     「ボナパルト(ナポレオンのこと)、ローマ王、エルバ島…」。

 

1815 ナポレオン セントヘレナ島へ幽閉される。

     マリア はナポレオンと別れた事がショックで

     食べ物を食べなくなり体調悪化。

     ナポレオンのいとこの熱烈なアプローチを何度も受け再婚。

     翌年、子供を出産するが

1817 31歳で亡くなる。

 

1821 5年半の幽閉生活の後、51歳で亡くなる。

     そのナポレオンが配流先のセントヘレナ島で

     死去した際の最期の言葉は

     「フランス、陸軍、陸軍総帥、ジョゼフィーヌ…」。

 

          ナポレオンは浮気されても

          結局ジョセフィーヌの事が忘れられなかったのか。

          すごいなぁ、魔性の女ジョセフィーヌ。 

 

    ナポレオンはセント・ヘレナ島に流されてから、

    マリアの肖像画を飾っていたという。

    そしてマリアが贈った指輪は、

    最後までナポレオンの指にはめられていた。

 

          よかった。一途なマリアも好きだったのね。

          そりゃそうだ、そうでなくちゃ。

          個人的にはナポレオンの最愛の人は

          マリアであってほしい。

          マリア・ヴァレフスカみたいな人がとっても好き。

 

1844 ベルナドット 81歳で亡くなる

 

1860 デジレ 83歳でなくなる

     最後の言葉は、「ナポレオン」であったとも言われている。

     その時、枕の下には若いころのナポレオンからのラブレターが。

     (Wikiには 彼女がかつてナポレオンに宛てて書き送った恋文の

     下書きが何枚も発見された、と書いてある。)

 

          えー! どっちにしても

          ベルナドットがかわいそうすぎる(;_;)

 

 

 

 

追記

 

2018 9 1 オンエアの 世界ふしぎ発見!で

セントヘレナ島を特集していた。

 

幽閉という言葉から

敷地から自由には出られないような生活を

勝手に想像していたけれど、

番組を見ると

邸宅からの出入りを山の上から監視されていて

島に2000人の兵が常駐したということを除けば

邸宅に総勢30人で暮らし

庭の手入れをしたり

散歩して島民の畑を耕す手伝いをしたり

気の合う女性と何度も会っていたり

想像とは全く違った

自由な生活をしていた。

 

でも地図を見ると

想像以上に大陸から離れている

(アフリカ大陸から2800キロ)

小さな孤島(122㎢)だったので

(比較:東京23区627㎢)

その島で生活すること自体が

当時は幽閉そのものなんだなと実感した。

 

番組に登場した仲の良い女性は

ポリー・メイソン

というかなり年下の、島の有力者の娘だった。

よく彼女の家へ遊びに行ったらしい。

でも言葉も通じないし

(散歩のときは通訳同行と言っていたから

その時も同行したのかな?)

番組では恋人というような紹介をしていなかったので

単なる気の合う友達だったのだろうか。

 

それにしても

まるでフリーメイソンのような名前。。。

 

で、少し気になってググったら

ナポレオンの兄弟4人は全員

フリーメイソンのメンバーだったらしい。

ナポレオンに関しては確実な証拠はないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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